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プロジェクトストーリー

グランロジュマン豊中少路

KEY PERSONS 登場人物

  • 住宅事業本部 開発第二部 第三推進グループ 大谷 武史
  • 住宅事業本部 販売部 販売計画グループ 服部 和広
  • 住宅事業部 販売部 販売推進グループ 大﨑 諒太

CHAPTER 1:未だ見ぬ地平を求めて。新たな試みで大規模マンションに挑む。

グランロジュマン豊中少路。大阪府豊中市に建設されたそのマンションの戸数は628戸。近年、関電不動産開発が手掛けた単独事業の中でも随一の規模であり、フラッグシップと言える事業だったのである。3人のプロジェクトメンバーがこの一大事業を今振りかえる。

プロジェクトの立ち上げ当時から事業推進役として実務を任され、プロジェクトリーダーとして事業全体の舵取りを行ったのは大谷武史である。「もともとは大阪府による高校跡地の入札があり、そこに参画するところから始まりました。結果、3ヘクタールという広大な土地を落札・取得することになり、どのようタイプの住宅を建設していくか検討することになりました」。近年、会社が経験したことのない物件になるのは誰の目にも明らかだった。大谷は続ける。「戸建とマンションをミックスするなど、様々なバリエーションを考慮した覚えがあります。最終的には600戸超えるマンションに落ち着くのですが、物件のハードだけでなく、どのようなサービスを行っていくべきかも検討していきました。設計事務所や施工会社はもとより、他の関電グループ会社やソフトサービスを提供する会社とタッグを組んで徐々に企画を練り上げていきました」。

2009年、その後6年間に及ぶ開発プロジェクトがこうして幕を開けた。また、このグランロジュマン豊中少路には、その規模の他にも特筆すべき点がある。関電不動産開発の物件として初めて、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)つまり顧客管理システムを用いた商品企画や広告発信が行われたことだ。マーケティングを担当していたのは、販売計画グループの服部和広である。「お客様から得た様々な情報を収集・集約し、顧客のニーズの可視化を行います。それを社内にフィードバックすることにより、お客様の要望にマッチした付加価値を持つ物件の実現を目指しました。所謂マーケットインの発想を本格的に取り入れた最初の物件でした」。

さらに、営業を担当し実際にエンドユーザーとかかわってきた大﨑諒太が続ける。「もちろん、大型物件ですので協力会社の方々と共に営業を行いましたが、あくまでも我々が主導権をとってコントロールしていかなければならないため、正直不安な面はたくさんありましたね」。

これまで経験したプロジェクトとは異なる、新たなステージへと関電不動産開発は足を踏み出したのだった。

CHAPTER 2:子育てファミリーのためのマンションを。プロジェクトへの想いがつながってゆく。

スケジュール管理、コスト管理から商品企画や外部との折衝など、プロジェクトを推進させなければいけない大谷の仕事は多岐にわたった。「土地を取得して最初の2年は事業スケジュールを軌道に乗せるべく、基本設計の検証や行政協議に追われました。なにせ土地が広大なので、計画の初期段階での開発許可、建築確認、環境アセスメントなどには苦労しましたね」。もちろん、その間にもどういったコンセプトのマンションを建設するか、商品企画は進行している。大谷は語る。「立地や周辺環境、近隣にお住まいの方などから、どのような層をターゲットにするか絞り込みました。結果的に子育てファミリーに響くマンションをということで、『共に育つ』というコンセプトで進めていくことになったんです。そこからどんなマンションにするか具体的に練り上げていきました」。2011年、『共に育つ』をコンセプトとして、全4棟を3期に分けて建設するグランロジュマン豊中少路の工事が始まった。

新たなシステムを活用する服部もプレッシャーの中、自身の業務を進めていた。「お客様の声や過去のマンションの顧客情報を商品企画へ活かすのはもちろん、営業支援にも効果的に活用していくことが私の仕事の重要な部分です」。営業現場が販売しやすいように、あらかじめ環境を整えることができるのもCRMの強みなのだ。「アンケートなどで集積した情報を分析して、どのようなお客様がどのような物件を求めているか可視化していきます。そのデータをさらにブラッシュアップした後、販売現場の社員に還元することで、お客様へ最適なアプローチができるんです」。情報を通じてエンドユーザーと会社の接点となり、両者の関係性を強めることによって、ビジネスチャンスを生み出す。服部は過去に販売を経験しており現場を知っているからこそ、自分の役割の重要性を感じていた。

工事が進んでいく中で、販売開始までの準備に余念がない大崎。「周辺環境についてリサーチし、物件を紹介する営業ツールを揃えて、どのようにお客様をお迎えするか思案していました。社運をかけたプロジェクトを指揮する大谷の想い、そして、新たな取り組みで物件の価値を高め、販売のお膳立てをしてくれた服部の想い、諸先輩の気持ちを無駄にすることは絶対にできないと強く感じましたね」。

先行する2棟の建設が順調に進み、いよいよプロジェクトの成功を大きく左右する販売が開始されるのであった。

CHAPTER 3:運命の販売スタート。各部署の連携が好循環を生み出す。

建設に当たっての様々な許認可に苦心した大谷。工事段階に入る頃にはプロジェクトもスムーズに進み始め、一旦は胸をなでおろしていた。「スケジュールを守って事業を進めていくのが私の仕事なので、その点に関しては常に関係部署や協力会社と折衝して遅れがでないように意識していましたね。着工してからは大きなトラブルもなく、徐々にプロジェクトのウェイトが販売の方に移っていきました」。いよいよ、販売を担当する大崎の出番だ。「営業現場は関電不動産開発の社員が私を含めて6名、そこに協力会社5社から20名を加えたメンバーで動いていきました。事業主として協力会社を統率し情報共有をしながら営業活動を行いつつ、ご契約者様の管理業務も担当していました。やはり規模が大きいので、マンションの説明会や引渡し手続きなど、限られた社員でご対応しなければならなかったので、人員の割り振りや役割分担には頭を悩ませましたね。幸い、様々な方の協力が大きな助けとなり、販売そのものに関しては良いスタートが切れたのが救いでした」。販売を開始した直後から好調な売上を記録したグランロジュマン豊中少路。その評判が地元の豊中市を中心に広まり、さらに販売戸数は増えていった。その結果、当初の計画を上回るスピードで販売が進み、建物の竣工を待たずして先行する2棟が完売することとなった。大崎は続ける「大谷が推進したマンションの企画自体が魅力的でしたし、服部からの営業支援によって私も自信を持ってお客様にお薦めすることができましたね」。現場とエンドユーザーとの最適なかかわり方を実現するために、様々な情報を大崎をはじめとする営業担当に提供し続けていた服部は語る。「新しいシステムを導入しても結果が出なければ意味がありません。営業担当が実際にがんばってくれたので、良い循環で販売できたと思います」。大谷も販売部の好調ぶりには目を見張っていた。「正直、非常に良くやってくれていると感じていました。後続の3棟目、4棟目が控えているので、幸先の良い販売推移には感謝していましたね」。

グランロジュマン豊中少路は最初にA棟、B棟を建設して、続いてC棟そしてD棟と段階的に開発していく計画である。「3棟目の販売になると、すでに竣工しているA棟とB棟をお客様にお見せできますので、イメージを掴んでいただきやすくなりました。完成後の外観や内装もわかりますし、それを踏まえて新たにお客様のご要望もかなえることができるんです」。このメリットはさらなる好循環をもたらし、大崎はマンションの販売が軌道に乗ったと確信した。先行で建てられた2棟で得られたノウハウ、さらに入居した顧客の意見を新たな棟の建設にフィードバックし、物件をブラッシュアップする。事業推進をする大谷、販売促進のための情報を扱う服部、営業現場を担当する大崎、彼ら3人の仕事が上手く噛み合っていることを示すように、残りの2棟も完売。D棟の完成を待たずして628戸全ての契約が決まったのである。

CHAPTER 4:新たな試みがスタンダードとなり、発展の礎となる。

最終的にグランロジュマン豊中少路が完成したのは2015年。約6年に及ぶ建設プロジェクトが、竣工という形で一段落した。プロジェクトリーダーとして全体を引っ張ってきた大谷が振り返る。「私が優柔不断ではプロジェクト自体が迷子になってしまいますので、事業の手綱を取る役割として自分の意思表示を明確にすることは意識していましたね。そしてビジョンの共有のためにも、わかりやすく伝えることを第一に考えていました。そういった中で、社内・社外にかかわらず良い信頼関係を築けたのが、グランロジュマン豊中少路が無事に完成した一つの理由だと思います」。実際に3年間エンドユーザーとかかわりつづけた大崎が続ける。「お客様との信頼関係という点でも忘れられない物件になりました。ご契約後も毎月お手紙をお送りして情報提供したり、ご契約者様のためにイベントを催すなど、購入してからがお付き合いの始まりという考え方で取り組んでいました。また、販売活動も後半になると、先行して建てた棟にはお客様が入居されており、日常的にお声をかけていただき、直接感謝の言葉をいただけたのは、かけがえのない経験ですね」。そして、CRMというシステムこそ、顧客との最適なかかわり方を実現するカギだと服部は言う。「入居後も関係を持ち続けることが大切だと思うんです。お客様の意見は商品企画につながるのはもちろん、リフォームなどのハード面から子育てサービスなどソフト面まで、新たなビジネスチャンスを生み出します。そのためにも、実際に生活されているお客様のアフターフォローをして、様々なご意見を情報として蓄積・分析しなければならない。大崎が言うように『購入してからがお付き合いの始まり』ということがこれからの不動産業界には必須、今まさにグランロジュマンの入居者様とシステムを介して関係を構築しているんです」。

何から何まで新しい事ずくめだったグランロジュマン豊中少路。このプロジェクトの意義を3人に聞いてみた。大崎は語る「やはり大型マンションの販売ノウハウが蓄積できたのは大きな収穫ですね。この先新たなプロジェクトに挑戦する礎になりますし、社員も実績に裏づけられた自信を持つことができました。私自身も3年間ここで仕事をしてきたことで自分のキャパシティが広がりました」。販売部は若手社員が多く、彼らがこのプロジェクトを通じて力をつけ、今の関電不動産開発の販売の中核を担っている。手ごたえを感じたのは服部も同様だ。「グランロジュマン豊中少路は関電不動産開発の発展の基盤となるものです。この案件でCRMは一定の評価を得ることができたので、ロールモデルとしてこの経験が他の事業にも活かされています。大崎は直接お客様を対応する営業という形でしたが、私はテクノロジーを駆使してお客様とかかわり続け、エンドユーザーと会社がともに幸せになるビジネスをつくっていかなければなりません。グランロジュマン豊中少路は重要な情報源として今後も価値を持ち続けるのです。」

それぞれの努力・想いが結果として形になり、さらに未来へと続いていく。6年にわたりプロジェクトの進行を担ってきた大谷は語った。「本当に良い物件を担当できたというのが正直な感想です。これほどの規模のマンションに携われる機会はそうありませんし、自分のやりたいことが実現できたという実感があります。服部が言うように、まだお客様との関係は続いていますし、プロジェクトの成功をどう定義するかということもありますが…。お客様に喜んでいただけて、尚且つ当社やたくさんの協力会社もそれぞれの事業として利益を得られたという点で、理想的なプロジェクトになったんだと思います」。少し言葉を選びつつ、大谷はそう語った。